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第一楽章 約束の双子姫(13)



     私の思いは、きっとただのわがまま


 ――だが、直前になって慌てふためいてユキは身体をねじった。勢いはそのままに、背中で「それ」に衝突する。動揺した様子で着地したユキの周囲で高い悲鳴が上がった。
「! あなたたち――」
 追いついてツバメの後ろから顔を覗かせたアリスが、驚きも露わに「それ」に、いや「それら」に呼びかけた。
「シンシャ、スピネル、コズ!」
 小さな空間に反響していた声がぴたりと止んだ。苔の光だけを頼りに目を凝らすと、なるほど子どもが三人、逃げの体勢をとったままこちらを見ていた。
「アリス姉ちゃん!」
 彼らは走ってきてアリスに飛びつく。アリスはそれを抱きとめてやりながら困惑する。
「どうしてこんな――」
 どうしてこんなところに。そう言おうとした刹那、再び地面が震動する。子どもたちは泣きながらアリスにしがみつく。上から砂が零れ落ちてきた。微かに眉間にしわを寄せて頭上を仰ぐが、すぐに宥めるように子どもたちの背を軽く叩いた。
「お説教は後にしましょうか。……自分たちだけでここを出られますか」
 そっと頭を撫でる。スピネル、と呼ばれた一番背の低い少女は流れ落ちる涙もそのままに、アリスを見上げた。
「無理だよ! あたしたち広場の方から来たんだけど、そっちにあのおっきいのが向かってきてて、倉庫の扉は鍵が――」
「えっ、アリス姉ちゃん――と、そっちの姉ちゃんはそういやどっから来たの? 倉庫?」
 遮ってコズが話し始める。そっちの姉ちゃん、と呼ばれたツバメは「ツバメ、だし」とユキをボールに戻しながら小さく口を尖らせた。アリスは頷いた。
「倉庫の鍵は開けましたし、樽も退かしてあります。まだあちらには炎も来ていないはずです。煙はもう来ているかもしれませんが――ここで出口を塞がれて閉じ込められるよりはマシなはずです」
 しがみついて離れないシンシャをやさしく引き離すと、シンシャとスピネルの手をつながせる。コズにはバンギラスの入ったボールを握らせた。
「二人を頼みますよ。……バンギラスは少し疲れていますが、あなたたちを守るくらいはできるはずです。私の大事なパートナーですから、くれぐれも乱暴な扱いはしませんよう」
 そう言うと、もう一度それぞれの頭を撫でて、背中を押した。
「……一緒に来てくれないの?」
 苔の光も消えつつある。ほぼ闇に覆われた空間のこと、表情は判然としないが、それでも恐怖に怯えているのは痛いほどわかった。アリスは左右に首を振る。
「バンギラスが一緒なら、私は必要ないでしょう。……これに懲りたらもう、勝手にここを遊び場にしてはいけませんよ」
 コズが首を竦める気配がした。
「……ちぇっ、よく言うよ。街の地下にこんだけの面白迷宮造った張本人が、ねえ」
 あら、と腰に手を当ててアリスは頬を膨らませた。
「私は昔から、自分の身をどうにか守れるくらいには強かったから、良いんです。……さ、早く」

 ぐずってはいたが、それでも元気だった子どもたちと別れてしまうと、今いる場所が余計に暗く感じられてしまってアリスは息を零す。下りてきたところからは随分と離れてしまったから、もはや苔の光は望めない。完全に、記憶に頼って歩みを進めるしかなかった。壁に触れながら、その手触りと通路の狭さで現在地を判断する。――過去に何度も通った道だから、それくらいは造作もないのだが。
 アリスさん、と呼び声が聞こえてアリスは立ち止まる。「あ、歩いてて良いよ」と言ってから、ツバメは首を傾げた。
「……あれ、良かったの」
「あれ?」
 何を問われたのかわからず訊き返してから、バンギラスのことだと気付く。ああ、とアリスはわずかに笑む。
「仕方ないですね。本来なら、彼らを安全なところまで避難させるべきところなのですが、それをしないので……。彼なら、何とか子どもたちを守ってくれるでしょう」
「……それだけ?」
 は、と今度は歩みを止めずに振り向く。振り向いても、今後ろにいるはずの人物の表情がわからない。感じるのは耳に届く声と、はぐれないようにアリスの左肩に置かれた手のひらの重みだけ。
「これ以上無茶しないように、わざと前線から外そうとしてるのかと思ったんだけど、……考えすぎだったかな」
 独り言調で終わったので、アリスは特に返答をしなかった。
 ツバメの読みは外れてはいない。確かにその考えはあったが、しかし今のアリスの手持ちの中で、アリスが傍にいなくても確実に彼らを守り抜けそうだと自信を持てるのがバンギラスだけだったのである。他の子も良い子は良い子だけれど、万一のことがあってはならないのだ。――バンギラスならば、離れていても安心できた。
 そのまま無言でしばらく歩く。あ、とツバメが声を上げた。
「風が吹いてきた。外が近いね」
 ええ、とアリスは驚きを隠して頷く。風が吹いてきたと言っても、澄ましていて感じられるかどうかの微かなものである。まさか先に言われるとは思ってもいなかったのだ。
「この先に進めば、広場に出ます。……先回りできていればいいのですが」
 スピネルの言葉が気にかかる。彼らが広場から地下に潜ったとき、ギャラドスは広場方向に進路をとっていた。先回りできるのが一番良いが、手遅れだった場合、炎に囲まれるか、そもそも扉が開かない可能性だってある。
「かち合っちゃったら面白いことになるね」
 ツバメが笑って、笑い声が響いた。アリスは額を押さえて苦笑する。
「……そうならないよう、祈りましょうか」


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第一楽章 約束の双子姫(12)



     不安で不安で仕方がないから、ただそばにいてほしいのに


 街の中心部へとまっすぐ向かう道は、炎と煙に包まれて、とても通れるものではなかった。どうしようかと問うツバメに、任せてください、と言ったアリスが迂回路を示す。時間は多少かかるが、やはり自らの安全も守らねばならない。それでも、平常時ならポケモンに乗っての移動で時間を短縮できたのだろうが、あいにくジム戦の直後である。この様子ではポケモンセンターは混乱しているだろうから、利用しに行くのは難しそうだ。このままの状態で戦わねばならない可能性を考慮すると、ポケモンたちにはできるだけ回復に努めてもらうために、直前までは自力で何とかするのが望ましかった。二人で並んで駆けながら、幸運だったのは、とアリスは自分の左腕をちらりと見遣った。幸運だったのは、あの場にちょうど医術の心得のある者がいて、応急処置ではあるが、折った左腕を手当てしてもらえたことだった。
「あの、こういうのしょっちゅうなんですか」
 担当した青年に呆れた表情でそう訊かれて、アリスとツバメは顔を見合わせて苦笑するしかなかった。無論、多少の怪我などはしないこともないが、折ったのは初めてである。……しかし、青年に問われたとき、ツバメが一瞬見せた顔は「アッチャー、ヤッチャッタ」と聞こえてきそうで愉快だった。
 思い出し笑いをしていると、隣から「アリスさん」と呼び声が聞こえた。
「……あれ」
 指差された方向に目を向けて、アリスは思わず立ち止まる。目を見開いて、息を呑む。
「……どうして……」
 指し示された先。爆炎と衝撃音の中心にいる、巨大な黒い影。伸びたり縮んだりうねったりを繰り返しながら、それは確実に進んでいた。
「ギャラドス……」
 この街に、ギャラドスが棲みつけるような水場はない。所有している者がいないわけではないが、数は決して多くはないし、何より、その大きさ。
「……ちょっと大きいね」
 アリスの少し先で走るのをやめたツバメは、くるりとアリスを振り返って軽く笑った。「……ちょっと?」と耳を疑ってツバメを見れば、少女はさらに深く笑んで頷いた。
「さっき言ったでしょ。私、春の国の出身なの。――あれくらいなら、楽勝」
 ガッツポーツを決める。そのすぐ後に、まあそれはうちの子たちが元気な時の話だから、ちょっと手こずるかもしれないけど、と肩を竦めたものの、ギャラドスの様子を窺う横顔に、不安の色はなかった。再び歩き始めながら、ただ、と声を落とす。
「何で暴れてるのかわかんないとさあ、直接落とすしかないんだよねえ」
 アリスが並んだのを確認して、足を速める。一度止まると動くのが億劫になる、しかしそんなことを言ってはいられないのだ。全てをできるだけ早く終わらせてしまうのが、誰にとっても最も良いことなのは明らかだった。
 アリスがツバメの言に首を傾げるのを見て、ツバメはいやあ、と手を振る。
「できる限り、平和的な解決を、っていうのが、うちの基本方針だからさあ」
 原因があってのこの行動ならば、それを取り除いてやりさえすれば、おそらく平静を取り戻すだろう。ギャラドスは確かに凶暴ではあるが、だからと言って好んで暴れまわるような性質の持ち主でもない。この場合に恐れるべきなのは、「原因がない、もしくはわからない」ということだった。原因が取り除けない、そもそもそんなものがない、という事態ならば、倒すか捕獲するかくらいしか選択肢が残らない。どちらにせよ、そのときは街や人にある程度の被害が出てしまうことは覚悟せねばなるまい。
「あ……ここです」
 アリスは木造の小さな建物を示す。扉の向こうは薄暗く、中では整然と樽が並んでいた。樽の間を縫うように、数えながら進んでいくアリスの後ろを付いて歩く。小声でひたすら数を確認していたアリスがある樽の前で立ち止まり、その栓を抜く。穴からは甘い香りがする金の液体が零れ出た。床を濡らしていくそれを呆気にとられて見つめて、ツバメはアリスの袖を引っ張る。
「あの……いいの」
 いろいろ言いたいことはあれど、それだけを問えば、アリスは右手を口に添えて微笑む。
「大事の前の小事、ですわ」
 とんとん、と樽を叩くと軽い音が響く。底に穴をあけると、残っていた液体が床を目掛け、金の雫となって降り注いでいった。アリスの指示に従って穴を広げて中に手を入れると、何かが指の先に触れた。引っ張り出す。――銀の鍵。
「そこに」
 樽が置いてあった場所に、隠し扉があった。人ひとり、それも小柄な者がやっと通れそうな具合の小ささで、床とほとんど見分けがつかないくらい巧妙に隠されていた。
「……何でこんなところにこんなのあるの……」
 鍵穴を探し出して突っ込みながら至極もっともなことを尋ねる。アリスはやはり微笑んだ。
「昔、こういうのを作るのが大好きな、ちょっと……ええ、ちょっとおてんばな女の子がいたのですよ。……さ、お先に」
 扉を持ち上げると、ぼんやりとした緑の光がまっすぐ下へと向かっていた。果実酒を分解するときに光る苔です、とアリスが説明する。ふーんと頷き、「垂直に落ちないといけないのかなあ」と覗きこむと、不規則ではあるが、壁に窪みがあるのを見つけた。――ああ、そういうことか。納得して、ツバメは窪みに足を引っ掛けて下っていく。少し進んで、あれ、と上を仰いだ。――アリスさんは。
 アリスは腕を折っている。両足と、右腕だけで体重を支えながら下るのは、いくらなんでも無理なのでは。そう思って見上げた先、アリスはエプロンドレスの裾を片手で器用に破っていた。足元まであった長いそれは、膝上まで後退している。ツバメの視線に気付いたアリスは片目を瞑った。
「このままでは、動き辛いでしょう?」
 そのまま慣れた様子で足を掛けて下りてくる。動く度に短くなった裾から白い艶やかな脚が覗いて、ツバメは何となく赤面しながら急いで進む。
「……何ていうか、その、アリスさんもっと大人しい人だと……、意外とダイタン」
 地面に降り立って、横穴に入る。続いて降り立ったアリスは笑い声をあげた。
「さすがに男性の前でこのようなことはしませんよ、――?」
 二人同時に動きを止める。奥から何かの気配がした。ツバメは片眉を上げると、そろりと進む。左手でウエストポーチの中を探る。ユキの入ったボールを握りしめて、ぱっと駆けだした。
「そこにいるのは誰かなっ」
 勢いよくボールを放って、眩い光を纏いながら現れた色違いイーブイのユキが、「それ」に飛びかかった。


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第一楽章 約束の双子姫(11)



     いくら言葉を重ねても


 アリスは相変わらず、ジムの前から動けずにいた。逃げるための道を拓いてほしい人と、現地に赴いて事を収めてほしいと訴える人、他の地域からの応援を呼んでほしい人と、意見の異なる人々に囲まれて、一体どう対処するべきか頭を悩ませていた。
 そんな時、人垣をかき分けかき分け、小柄な少女が顔を覗かせた。少女はアリスを見るなり、嬉しそうに「あっビンゴ!」と白い歯を見せた。そのままひょいとアリスの脇に立つ。
「アリスさんは、どうするの?」
 小鳥を思わせる仕草で首を傾げる。アリスは居心地悪そうにもぞもぞした。
「どう、……」
「私、救助隊の隊長でね。リトル・ウィングっていうの。――依頼さえしてくれれば、倒すなり追い払うなりして、どうにかできるんだけど。何もないのに勝手に動くと、あっちこっちうるさいし、後処理が面倒でさぁ」
 言わんとすることを悟って、アリスはあっと声を上げる。少女はにやにやしながら頭の後ろで手を組んでいた。ちらりと光る、左手首の四つ葉の記章。――隊長位の、七色。
 アリスの瞳が揺れる。……本当ならば、自分の住む街のこと。ジムリーダーとしても、おそらく自らの手で対処したかったのだろう。しかし、時間も、余力もない。姿勢を正して頭を下げる。
「お願いします。――手伝ってください」
「もちろんですとも」
 少女は頷くと、二人のやり取りを見守っていた群衆を見渡す。不安そうな顔の群れ。これだけいれば自分たちの力で逃げるくらいのことは出来そうなものを、寄って集ってアリス一人に圧力をかけることしかできないなんて。
「……今からアリスさんと一緒にどうにかしてくるから、皆さんは逃げるなり留まるなり、好きにしてくださーい」
 弱きことは罪である。守りたいものを守れもしないのは恥である。少女はそっとため息を吐いた。

 ツバメと別れた後、大河はウインディに乗って街の外れへと向かっていた。健脚を誇るウインディならば、多少火の粉が降り注いだところで耐性があるし、その脚が鈍ることはない。しかし、うっかり人を蹴飛ばしてしまわないように人波を避ける必要があったので、自然と人気のない、薄暗い路地へと入りこんでしまっていた。それでも大体の方向はわかるので、ウインディの首筋を撫でてやりながら歩みを進めている時だった。小さな人影が、大河と逆の方向へ――つまり、街の中心部へと向かっていくのがちらりと見えた。
「――おい」
 大河は声を張り上げる。当人は気づかないのか、振り返りもしない。もう一度呼んでみると、今度は立ち止まった。大河はウインディに乗ったまま人影に近付いた。大河よりずっと小さい。親とはぐれたのだろうか。頭からすっぽり被ったマントで、表情が窺えない。
「君、どこに行くんだ? そっちは今危ないんだ、ほら見えるだろ? 街に火が放たれたんだ。親は? 一人?」
 とにかく早くこの場から離れたい一心で、自然と言葉も早くなる。子どもは答えるべきか迷っているように沈黙していたが、やがて返答があった。
「……燃えてるのは、知ってる。だから、行くんだ」
 静かに顔を上げたその人に、大河は見覚えがあった。――否。よく知っている顔だが、この少女には――大河が呼び止めたのは少女だった――初めて会う。少女はそっと笑んだ。
「忠告、感謝する。君に神の恵みが降り注ぐように」
 それだけ言うと、彼女は改めてマントを被り直し、さっさと先へ行ってしまった。……が、途中でくるりと振り返って、そうだ、と言う。
「もうすぐ風の向きが変わるんだ。開けた場所に向かった方が良い。あっという間に煙が来るよ」
 じゃ、と言って、今度こそ行ってしまった。大河は何度か瞬きをしてそれを見送って、さて、と頭を撫でる。本当に風向きが変わるのかどうかは怪しいが、こんな狭い路地で燻製になるのはごめんだった。
「……やっぱ広い道に出るか」
 一人呟いて、彼はウインディを進ませた。大通りに出れば、人混みに配慮して速度を落とさざるを得ないし、何より嫌だったのは、視界が開けてしまうことで炎に包まれる街並みが、背後に見えてしまうのではないだろうかということだった。
 だが、背に腹は代えられない。
(――ツバメは)
 ふと思う。ツバメは平気なのだろうか。彼女の身の安全もそうだが――首を突っ込んだのはもう仕方のないことだとして、彼女の連れているポケモンはほとんどが戦えない状態にある。回復のための道具もあまり持っていないと言っていたから、おそらくまともに使えるのは色違いイーブイのユキだけだろう。そんな中で何をしようと、――何ができると言うのだろう。
(俺だったら、さっさと逃げるのにな……)
 この一回、助けたところで春の国に対する評価はさして変わらないだろう。中途半端に関わって失敗すれば、家財を失った人々の怒りは、無関係と言ってもいいくらいの彼女に向かうかもしれない。ならば初めから、何事もなかったかのような顔をして、その場から離れればいいのだ。なのにツバメはそれをしない。正義感でも、隊長という責任感でもないのだろうが、いつもへらへら笑いながら厄介事に首を突っ込んでは引っかき回していくのだ。大抵は何とかなっているのだが、見ている側としてはひやひやすることが多い。今回もそうだ。大河にはツバメが未だによくわからない。


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第一楽章 約束の双子姫(10)



     信じることは、いつだって怖いのよ


 ――外界の様子は、一変していた。むっとする熱気の中に混ざる煙の臭い。大河たちの左手側、街の北西の方角に見える赤い光と黒い影。風の切れ間に、高い悲鳴が聞こえた。
 人々は不安そうに顔を見合わせ、低い声で囁き合っていたが、アリスがジムから出てきたのを見て慌てて駆け寄ってきた。ジムの主を取り囲むようにして、口々に不安と恐れとを訴え始める。皆正確には現状を把握していなかったが、「巨大な竜が空から突然降ってきて」「街の中心部へと進みながら、周囲を狂ったように攻撃」しているらしかった。
「……街の中心部」
 額を軽く押さえながら、アリスは呟く。ここ、セインダの街は秋の国の中でも比較的大きい方ではあるが、だからと言って街の中心部へと進んでも、めぼしいものは特にない。むしろ、何もない、と言った方が良いくらいだった。
「あたしゃ、とうとう国軍がお怒りになったんだと思ったんだけどねぇ」
 人垣の中の一人が忙しなく口を拭いながら言った。馬鹿な、と別の方向から男の声が聞こえた。
「じゃあなぜあんな何もない方向へ行くんだ? 国軍がやる気になったんなら、もっと『良いところ』があるだろうよ」
 同意の声がぱらぱらと上がって、老女は肩をすくめた。
「……向かっているのは、セインダの中心なのでしょうか……」
 消え入りそうな細い声でアリスは周囲に問う。人々の視線がアリスに集中した。
「このまま進めば、王都が」
 はっと口をつぐむ人々。そろそろと互いに顔を見合わせて、気まずそうに身動きした。
 「では革命軍の……?」「それこそ馬鹿みたいな話だ。血を流さずに開場させるんじゃなかったのか」「わからんぞ、俺はそもそもあんな奴ら信用してなかったんだ、余計なことしやがって……」
 低いざわめきがさざ波のように広がって、アリスはしまった、と下唇を噛んだ。こういう時は、不安を煽るような不確定なことを言うべきではなかったのだ。
「……アリスさんは、革命軍がやったって、そう思ってるんですか?」
 そっと問うてくる声に驚いてアリスはその場で飛び上がる。隣に大河がいたのをすっかり忘れていたのだ。
「……いえ、……彼らは正義のために立ち上がった、という建前らしいので、このようなことは……」
 自信なさげに俯くアリスに、俺もそう思います、と頷いてから、大河は踵を返す。ツバメを捜して、そうしてさっさとこの土地から離れようと思ったのだ。

 ツバメはそう遠くない場所に、一人でぽつんと立っていた。赤く燃える空を黙って見つめていたが、大河が隣に立つと静かに振り向いた。
「……遅かったね」
 何が、と眉を上げると、ツバメは首を振った。息を吸うと、煙の微かに混ざった熱い空気が喉を焼いて、軽くむせた。
「……さて、問題です」
 げほ、と涙目で咳込みながら、ツバメは口を開いた。
「私は一体、どうすべきでしょーか。一、救助隊の隊長として首を突っ込む。二、一般人として首を突っ込む。三、」
「三の『首を突っ込まずにさっさと逃げる』です」
 不機嫌さがわずかに滲む声音にツバメは目を見開いた。どこか遠くで、何かが爆ぜる音がした。大河はツバメの右手を引く。
「関わるな。お前が行くことはないんだ。誰も責めたりしない」
 射るような視線を受け止めきれずに、「えー、と?」と半歩退がる様子をみせるのも構わずに、大河はさらに強く手を引いた。
「何が起こってるのか、なんてよくわかってないけど、これが国軍か革命軍か――どっちの攻撃でも、これは戦争なんだぞ。俺たちがわざわざ出張って死にに行くことない」
 星の綺麗な夜だった。悲鳴と怒声と入り混じる中を必死に駆けて、獣の気配すら無くなった森で震えながら一晩を過ごし、翌朝村に戻ってみれば草木一本残らず焼き払われていた。大河の育った村が、革命軍参加者を多く出したというただそれだけの理由で、国は村を焼き払ったのだ。王はそんな王だったし、周りはそれを諌めもしない人間ばかりだったから、革命軍に加わる者が多くいたというのに。圧政に耐えかねた民衆が革命を叫んだのが六年前。大河が目の前で故郷を失ったのは、わずか五年前のことに過ぎない。あの時に失ったのは、故郷だけではない。その、生々しい記憶。
「……ちょっ、痛いってば!」
 飛び跳ねる小さな影が視界に入って我に返る。大河は思わず手を離した。赤く痕がついてしまった手首をさすりながら、ツバメは大河に目を遣った。
「あのねぇ、こっちの国の事情なんていうのは、どっちでも良いんだけど、竜、っていうのがねぇ」
 首を左右に振りながら、ツバメはため息を零した。
「……余計な心配をする奴がいるの。春の民は嫌われ者だから」
 春の国は人が住むところではない、というのが夏と秋の国での認識だった。魔女の国だとも、獣の国だとも、竜の国だとも言われる。過去の長い戦争の記憶が、当事者たちが彼岸に行った現在でも――時にそれは事実を捻じ曲げて――語り継がれて、春の国に対してそういう評価を下す一因になっていた。ならば直接春の国に行ってみればいいのだ、という豪気な者は大概帰って来ず、帰ってきたとしても語りたがらないのだ。故に、不可思議な事件が起きれば人々は密やかに囁き合うのだ。「春が攻めてくる前触れだ」と。
「変な噂ばら撒かれる前に、どうにかしないといけないんだよね。こっちはケンカしたいわけじゃないんだから」
 くるりと炎に背を向けると、春の国の出身の少女は歩き始めた。ツバメ、と大河は彼女の名を呼ぶ。ツバメはひらりと手を振った。
「アリスさん捜して、一緒にどうにかするよ。大河はどこかに隠れておいで。後で合流ね」
 肩越しに大河を見て微笑む。
「君の気持ちは受け取っておくよ」


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第一楽章 約束の双子姫(9)



     私もキミが大好きよ


 ぐらり、と嫌な衝撃が身体を駆け巡る。燻ぶったまま倒れていた木々がざわざわと音をたてて揺れた。時間にして三秒にも満たない、僅かな時のことである。その場にいた二人は顔を見合わせた。慌てて駆け寄ってきた大河が、「今の何だ?」と早口で問う。私がだいぶ暴れたから、ジム崩れるのかなあ、と呑気に笑うツバメに、そんな柔な造りはしていませんよ、と返しながらもアリスは不安そうな表情を見せた。とにかく一旦外に出てみることに決めたものの、自動で開くはずの扉が反応しない。
「……先程の揺れでシステムに異常が起きたのかもしれません……」
 蒼褪めたアリスをツバメが笑う。
「揺れで故障? やっぱ柔じゃ――」
 んっ!? と頭を押さえて屈む。大河がツバメの頭をはたいたのだ。
「しつけのなってない子ですみません」
 下から響いてくる唸りを無視して、他に出口はないのかと尋ねると、少し考えるそぶりを見せてから、自分たちから僅かに離れたところの天井を指差した。
「……換気口なら……」
 ああ、と頷く大河を遮って、勢いよく立ち上がったツバメが悲鳴に似た抗議の声を上げた。
「換気口!? 換気口から出るの? 外に? 泥棒みたいに?」
 絶対嫌だからね、と言い放つと、次いで、自動とは名ばかりの開かない扉を睨みつける。押し黙ること数秒、その後ツバメはアリスに問うた。
「……あのさぁ、これ、壊しても良い?」
 え、と動きを止めるアリスをも睨みつけて、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「何言ってんだお前!? すみませんアリスさ――」
 再度ツバメをはたく姿勢を見せた大河をひょいとかわすと、そのまま回し蹴りを見舞って、それからアリスに向き直る。
「緊急事態でしょ? 地震だったら余震が怖いし、周りが火事だったら大変じゃない?」
 肩をすくめる。一瞬迷うように視線を泳がせたが、アリスは頷いた。その反応を確かめてから、ツバメは渋い顔で土埃を払っている大河に声をかける。
「フラーさん貸してよ。……あ、蹴ったのは叩いた分のお返しだから、あいこだよ」
 へらへら笑うツバメをちょっとの間見つめて、不満そうに小さく溜め息を吐く。それでも大河はボールを渡した。
「大事に使ってくれよ」
 もち、と笑ってから、ツバメはボタンを押す。中から現れたのは比較的小柄な――と言っても、ツバメと並ぶと大きく見えるが――緑の竜。呼び出したのが大河でないことに気づいて、不思議そうに首を傾げる。ツバメが宥めながら首を撫でると、フライゴンは心地良さそうに目を閉じた。何度か撫でてから、ツバメは扉を指差す。はて、と首を幾度か振るって、ツバメとアリスと、それから本来の主である大河を見比べ、それでも誰一人制止の言葉をかけないので、フラーは微かに戸惑った様子を見せつつも、炎を吐いて扉を溶かした。
「えらいぞぉ」
 ツバメは抱きつくとそう褒めて、はい、とボールを持ち主に返却する。そのまま駆け足で先に行ってしまった。怒ったり笑ったり、忙しい奴だ、と内心呆れながら大河もフラーを一撫でし、ボールの中に戻す。振り返るとアリスもバンギラスをボールに戻していて、大河は頷いた。
「……ジムの扉って、ポケモンの技で壊せるんですね」
「ジムの内装は、一応の耐久性はありますが、扉は別です。……長時間の攻撃には耐えられないようになってるんです」
 今回のような非常事態があるので、とアリスは微笑んだ。二人は急ぎ足で後を追うが、溶けて吹っ飛んだ扉の残骸が邪魔をして、外に出るのに思った以上の時間がかかってしまった。
「ツバメさんはあんなに軽々と進んでいったのに……」
 転がった破片に躓いて、よろめいたところを大河に抱きとめられる。身を縮めて謝りながら泣き言を言うと、大河は笑った。
「いや、あっちの方がおかしいんですよ。あいつもアリスさんみたいに、もうちょっと淑やかな子になってくれれば良いんですけど……」
 大河の言葉に、アリスは思わず噴き出した。
「……ツバメさんがお淑やかな方になってしまわれたら、なんだか、その……いろいろ似合わない気がします」
 「淑やかなツバメ」をちょっと想像してみて、大河は苦笑した。
「……全くだ」


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きらら

Author:きらら

メインはポケモン二次創作です。
ポケモン関連の企業様とは一切関係ありません。

ファンタジー好きゆえに、作品にもその傾向が見られます。閲覧注意してください。
目録欄から入ると色々きれいにしてます。

感想・連絡(誤字脱字とか)はコメント欄か、拍手ボタンからどうぞ。気付き次第お返事します。


普段は「オルカルト三番地」で活動してます。日記・擬人化等の雑記です。

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